ピーター・ブルック・・・。
彼のつくり出す舞台は、最小限の舞台装置と俳優の言葉と肉体によってイマジネーション豊かな劇空間を生み出します。その手法は時に魔術的とさえ言われ、世界中の観客に衝撃を与えてきました。日本でも1973年の『真夏の夜の夢』を皮切りに、上演時間9時間の大作『マハーバーラタ』や『カルメンの悲劇』などの来日公演が相次ぎ、日本の演劇史においても、その影響と軌跡は深く刻まれています。
そのピーター・ブルックがふたたび大叙事詩『マハーバーラタ』に挑みます。
今回のタイトルは『Battlefield』。
2012年『魔笛』、2013年『ザ・スーツ』、そして昨年はドキュメンタリー映画『タイト・ロープ(邦題:ピーター・ブルックの世界一受けたいお稽古)』でその創作過程のドキュメンタリーは演劇人のみならず、多くの人々の心に届きました。
90歳を迎えたピーター・ブルックが1985年に10年の歳月をかけて創作した『マハーバーラタ』をもとに新作『Battlefield』を創作します。
『マハーバーラタ』は演出家ピーター・ブルックと脚本家ジャン=クロード・カリエールが『マハーバーラタ』に出会ったのち10年をかけてそれを舞台化し、1985年7月フランス・アヴィニヨン演劇祭で初演され、その公演は熱狂的な歓迎をもって迎えられ、その後ヨーロッパ各地を巡ったあと、11月から約半年の間、ブッフ・デュ・ノール劇場で上演されました。その後、1987年からはピーター・ブルックが英語に翻訳した『The Mahabharata』をもってワールドツアーに出て、1988年6月には銀座セゾン劇場にて上演され、今でも「伝説の舞台」として、語り継がれています。
「舞台はどうすれば、真実のものになるだろうか」・・・。ピーター・ブルックが舞台創作に求めているものです。
この最新作『Battlefield』は、彼が我々にどんな『真実』を提示してくれるのでしょうか。
そして、1985年から30年経った今、90歳を迎えたピーター・ブルックがふたたびこの大叙事詩に挑むのはなぜか。彼がこの大叙事詩に再び挑み、そこに見いだす現代を生きるわたしたちへ何を感じさせたいのか、わたしたちは11月にその目撃者と体験者になります。
9月15日、パリのブッフ・デュ・ノール劇場で、ピーター・ブルックの最新作『Battlefield』世界初演の幕があいた。1985年にアビニョン・フェスティバルで初演され、以後日本を含む世界各地で上演された伝説的偉業『マハーバーラタ』に、御年90歳のブルックが再び挑む注目の舞台だ。
「再び」といっても、前回と今回では様相はだいぶ異なる。全18編、約10万の詩句から成るインドの長大な叙事詩『マハーバーラタ』を徹底的に読み解いたブルックと脚本のジャン=クロード・カリエール、マリー=エレーヌ・エティエンヌ(共同演出も)は、前作ではこれを「賭け」「追放」「戦争」の三部作に集約し、全9時間かけて上演した。今回は、すべての戦いが終わり、無数の骸(しかばね)で大地が覆われた戦場(battlefield)が舞台。これ以上ないほど簡潔で、深い示唆に富み、穏やかでいて研ぎ澄まされた、あっと言う間の珠玉の80分だ。
後方の朽ちた赤い壁に数本の竹が立てかけられ、壁と同じ色の地面に黒い箱が2つ置かれただけの「なにもない空間」。『マハーバーラタ』でも音楽監督をつとめた土取利行がひとりジャンベの音を響かせるなか、4人の俳優が、何色かの大きなショールを使い分けて、さまざまな人や動物を演じ分けてゆく。
真理を突く寓話や金言の数々に、観ていて思わず吹き出したり、うなったり。大量殺戮によって勝者となったパーンダヴァ軍の総帥ユディシュティラが「この勝利は敗北だ」と吐き捨て、悔恨や罪悪感にさいなまれる姿を、身近な為政者の姿に
重ねない観客はいないだろう。
熱いカーテンコールが何度も繰り返された初日の翌日、取材に応じたブルックは言った。「沈黙に耳を澄ませていたら、今やるべきなのはシェイクスピアでもオペラでもなく、これだろう。そう時代に促されたのだよ」
今、なぜ彼がふたたび「マハーバーラタ」に向き合ったのか、その答えは是非劇場で体験してほしい!!
10月17日まで、パリのブッフ・デュ・ノール劇場。その後日本を含むワールドツアーとなる。
伊達なつめ(演劇ジャーナリスト)
「マハーバーラタ」は単なる一冊の本ではなく、偉大な一連の物語というだけでもありません。「マハーバーラタ」は人間という存在のすべての面に及ぶ壮大なキャンバスです。この「マハーバーラタ」の中にわれわれは、この現代社会、あるいは自分の人生の中で起こる現在の疑問を見出すことになります。「マハーバーラタ」は「暗黒」の時代について語ります— 「カリ・ユガ(悪魔の時代)」— われわれはこの時代に生きているのです。計り知れない矛盾をはらむこの時代を、いかに渡ればいいのでしょう?
「マハーバーラタ」は戦争による皆殺しの物語です。それによってバラタ家は引き裂かれてしまいます。この一族にはパンダヴァ家という5人の兄弟がおり、もう一方にはカウラヴァ家という、ドリタラーシュトラ王の百人の王子たちがいます。どちらの側も、恐ろしい手段を使って戦いを繰り広げますが、最後にパンダヴァ側が勝ちます。そしてそこには何百万もの死体が大地に横たわり、パンダヴァの長兄であるユディシュティラが皇帝になります。勝利はしたものの、そこには敗北の苦い後味がありました。ユディシュティラも、前王であるドリタラーシュトラも深い苦悩と後悔を味わい、過去の行為に疑問を持ち、大きな不幸をもたらした自らの責任を解き明かそうとします。
恐ろしい虐殺、息子たちや家族、同胞を失うという人生を生きた新王と前王は、内なる安らぎを見出すことが出来るでしょうか。
時を超越した叙事詩の言葉の豊かさと、常に驚きに満ちた物語によって、われわれはこれを舞台に仕上げることが出来ました。
これは遥かな昔の物語でありながら、同時に現代の苛酷な争いを映し出すのです。
ピーター・ブルック
世界3大叙事詩の1つ(他の2つは、イーリアス、オデュッセイア)。『ラーマーヤナ』と並び、インド2大叙事詩の1つでもある。原本はサンスクリットで書かれ、全18巻、100000詩節、200,000行を超えるとされる。これは聖書の4倍の長さに相当する。物語は世界の始まりから始まる。その後、物語はバラタ家(バーラタ))の争いを軸に進められる。ピーター・ブルックが1985年に創作した『マハーバーラタ』は全上演時間9時間に及ぶ大長編であった。作品は「賭け」「追放」「戦争」の三部作に分かれ、この物語に含まれる現代につながる普遍的なテーマを浮き彫りにした。
【脚本】ジャン=クロード・カリエール
【翻案・演出】ピーター・ブルック マリー=エレーヌ・エティエンヌ
【音楽・演奏】土取利行
【衣裳】オリア・プッポ
【照明】フィリップ・ヴィアラット
【出演】キャロル・カルメーラ ジャレッド・マクニール エリ・ザラムンバ ショーン・オカラハン
【製作】C.I.C.T. / Theatre des Bouffes du Nord
【共同製作】Young Vic Theatre ; Les Theatres de la ville de Luxembourg ;
PARCO Co. Ltd / Tokyo ; Grotowski Institute ; Singapore Repertory Theater ;
Theatre de Liege ; C.I.R.T. and Attiki Cultural Society (tbc)
【協力】全日本空輸株式会社
【日本公演招聘】株式会社パルコ
【招聘制作協力】TSP
英語上演/上演時間:約1時間20分(休憩なし)予定
世界初演:2015年9月15日 パリ ブッフェ ドゥ ノール劇場
Battlefield
Based on the Mahabharata and the piece written by Jean-Claude Carriere
Adapted and directed by Peter Brook and Marie-Helene Estienne
Music Toshi Tsuchitori
Costumes Oria Puppo
Lighting Philippe Vialatte
With Carole Karemera, Jared McNeill, Ery Nzaramba
and Sean O’Callaghan
Musician Toshi Tsuchitori
Production : C.I.C.T. / Theatre des Bouffes du Nord
Coproduction : Young Vic Theatre; Les Theatres de la Ville de Luxembourg;
PARCO Co. Ltd / Tokyo; Grotowski Institute; Singapore Repertory Theatre;
Theatre de Liege; C.I.R.T. and Attiki Cultural Society (tbc)
1925年ロンドンに生まれる。その長いキャリアを通じて、演劇、オペラ、映画、著作等、様々なジャンルで優れた業績を収める。
最初の舞台演出は1943年。その後、ロンドン、パリ、ニューヨークで70を超えるプロダクションを演出。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーでの仕事に『恋の骨折り損』(1946)『尺には尺を』(1950)『タイタス・アンドロニカス』(1955)『リア王』(1962)『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』(1964)『US』(1966)『真夏の夜の夢』(1970)『アントニーとクレオパトラ』(1978)。
1971年、国際演劇研究センターをパリに設立 、1974年、テアトロ・デ・ブッフ・デュ・ノールの恒久基地をオープンする。ここで、『アテネのタイモン』『The Iks』『Ubu aux Bouffes』『鳥の会議』『桜の園』『マハーバーラタ』『Woza Albert!』 『テンペスト』『The Man Who』『Qui est là』『しあわせな日々』『Je suis un Phénomène』『Le Costume』『ハムレットの悲劇』『Far Away』『La Mort de Krishna』『Ta Main dans la Mienne』『The Grand Inquisitor』『Tierno Bokar』『Sizwe Banzi』『Fragments』『Warum Warum』『Love is my Sin』『1 and 12』そして最近では『魔笛』(オペラ)を演出、その多くがフランス語および英語での公演である。
オペラ作品に、コヴェント・ガーデンでの『ラ・ボエーム』『ボリス・ゴドゥノフ』『The Olympians』『サロメ』『フィガロの結婚』、ニューヨーク・メトロポリタン・オペラ・ハウスでの『ファウスト』『エフゲニー・オネーギン』、ブッフ・デュ・ノール劇場で『カルメンの悲劇』、『ペレアスの印象』、エクサンプロヴァンス国際音楽祭での『ドン・ジョヴァンニ』。
自伝『ピーター・ブルック回想録』は1998年に出版された。他、著書に『なにもない空間』(1968(15カ国語に翻訳))、『殻を破る -演劇的探究の40年』(1987)、『秘密は何もない』(1993)、『Evoking (and Forgetting) Shakespeare』(1999)、『With Grotowski』(2009)。
映画に『雨のしのび逢い』(1959)、『蠅の王』(1963)、『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』(1967)、『リア王』(1969)、『注目すべき人々との出会い』(1976)、『マハーバーラタ』(1989)、『ハムレットの悲劇』(2002、TV)。
作家、スクリーンライター、俳優、アカデミー賞受賞者。エコール・ノルマル・シュペリウール・ド・サンクロード出身で、ルイス・ブニュエルと頻繁に共作する。フランスの国立映画学校であるラ・フェミ学長。1957年に処女小説『トカゲ』を出版。ジャック・タチに紹介され、彼の映像を原作とする短編小説を執筆。タチを通じて、ピエール・エテックスと出会い、共同で何本かの脚本を執筆し、共同監督する。うち、『幸福な結婚記念日』はアカデミー賞短編映画賞を受賞。ブニュエルとの19年間に渡る共作には、『小間使いの日記』(1964)から始まり、この作品ではブニュエルと共同で脚本を書き、村の司祭役も務めた。カリエールとブニュエルは、『昼顔』(1967)、『銀河』(1969)、『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(1972)、『自由の幻想』(1974)、『欲望のあいまいな対象』を含めたブニュエル監督作品のほとんどすべてを共同執筆した。
カリエールはまた、『ブリキの太鼓』(1979)、『ダントン』(1983)、『マルタン・ゲールの帰還』(1982)、『La dernière image』(1986)、『存在の耐えられない軽さ』(1988)、『恋の掟』(1989)、『シラノ・ド・ベルジュラック』(1990)、『記憶の棘』(2004)、『宮廷画家ゴヤは見た』、また大島渚監督と共同監督の『マックス・モナムール』(1986)等を執筆。ピーター・ブルックとの合作に、1989年の『マハーバーラタ』(舞台および映画脚色)がある。
1974年、マリー=エレーヌ・エティエンヌは『アテネのタイモン』のキャスティングにあたってピーター・ブルックの下で仕事をし、その後、1977年『Ubu aux Bouffes』の創作の折、国際演劇研究センター(CICT)に参加する。
『カルメンの悲劇』『マハーバーラタ』でピーター・ブルックのアシスタントを務め、テアトロ・ デ・ブッフ・デュ・ノールでの『テンペスト』『ペレアスの印象』『Woza Albert!』『ハムレットの悲劇』(2000)はブルックとともにステージングを手がける。『Qui est là』では文芸顧問を担当。ピーター・ブルックとともに『L’homme qui』『Je suis un Phénomène』を共同執筆し、テアトロ・ デ・ブッフ・デュ・ノールで上演。キャン・センバの『Le Costume 』、アトール・フガール、ジョン・カニ、ウィンストン・エンショーナの『Sizwe Bansi est mort』をフランス語戯曲に翻案。2003年には『La Grand inquisiteur』のフランス語版と英語版翻案を執筆(『La Grand inquisiteur』はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』が原作)。2005年『ティエルノ・ ボカール』を執筆、2009年にはアマドゥー・ハンパテ・バー原作の『Eleven and Twelve』を英語版翻案を手がける。ピーター・ブルックとともに『Fragments』、ベケットの小品5つを共同演出、またピーター・ブルック、作曲家のフランク・クラウクチェックとともに、モーツァルトとシカネーダーの『魔笛』を自由に翻案した『魔法の笛』を執筆。