「ブライトン・ビーチ回顧録」は、ブロードウェイの大御所、ニール・サイモンが、少年時代を描いた自伝的作品と言われ、彼の今までの作品とは一味違う、新境地を切り開いた異色作です。ニューヨークのオープニングは1983年3月27日。上演回数1530回を数えた超ヒット作でした。

ブライトン・ビーチは、ニューヨーク市ブルックリンの南に位置する海岸一帯を指し、中流の下層の人々の居住区。時は1937年9月。人々は深刻な不況と、近づいて来る戦争の足音に、不安な気分に駆り立てられていた頃である。物語は、思春期を迎えたユダヤ人一家の次男ユージンが、性にめざめ、戸惑い乍ら成長してゆく過程を時におかしく、時に真剣に見つめ、この困難な時代に失敗を重ね乍ら結束していく「家族」を浮き彫りにして展開してゆく。 一家の主婦ケイトは身を粉にして働いてはいるが、いつヒステリーが爆発しても不思議ではない状態。夫に先立たれ、二人の娘を連れて居候しているブランチは、姉の負担を少しでも軽くできたらと、内職に精を出す。従姉のノーラは、突如ブロードウェイの演出家に呼び出されて女優になると言い出す。ローリーは、欠陥心臓を抱えて、本を読んでいるばかり。その上、兄のスタンリーは、父の教えを守って、正義感から同僚をかばい、この不況の中で失職しそうになる。家族の作り出す様々な問題に答えを出さなければならない家長のジャック。こうした家族の持つ様々な悩みが、ニール・サイモンのいつもの筆さばきによってユーモラスに描かれ、そしてしっとりと香気の漂うホーム・コメディとして盛り上がってゆく。

当時ニューヨーク・東京同時上演が実現した「ブライトン・ビーチ回顧録」。思春期の兄弟には天宮良と松田洋治のコンビを据え、二人を見守る両親には、新劇界の実力派伊藤孝雄・河内桃子。そして叔母には同じく樫山文枝。ほか毬谷友子、久保里美と、人気実力ともに、これ以上の配役は有り得ない豪華キャストでお贈りしたこの作品は、演劇ファンでなくとも見逃せない一作となりました。
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「ブライトン・ビーチ回顧録」劇評

■都会派の人情喜劇
(略)磨かれたセンスのあるせりふが躍動するサイモンのものは、せりふの間(ま)やタイミング、細かな人物の動きが、きっちりと織り合わされていくと、ジワーッと胸に迫ってくる。アメリカ人の最近の風潮である保守、穏便の感情にひたされた等身大のリアリズム演劇という枠があるものの、サイモンの人間をみる目の温かさと、描写力の確かさは、やはりいい。
「ブライトン――」は、サイモン自身のセピア色の青春回顧録。一種の香気がただよい、ああ、このコメディー作家は今、成熟の季節を迎えているのだなと感じさせる。
舞台はニューヨーク市の海岸に近いユダヤ人一家の家。サイモンをおもわせる次男(松田洋治)が、狂言回し役で、モノローグをまじえながら一家に起こる一週間の出来事が点滅する。家族の愛情や仕事、思春期に揺れ動く不安な心、セックスへの好奇心、独立心や自尊心などが、ていねいな演出によりくっきりと浮かび上がってくる。人間の尊厳や、いとおしさがかもし出される。
とりわけ、驚くほど達者ながら嫌みが全くない喜劇調の松田と、どじで不器用ながら人のいい正義感の兄を、ぶかっこうに好演した天宮良コンビが舞台をわかせている。いとこのノーラを演じた毬谷友子にも清潔な青春があった。わきを伊藤孝雄、河内桃子、樫山文枝が固めている。迫りくる第二次大戦という時代への黒い不安が、ひとはけ塗られ、奥深くなった。(略)(健)
朝日新聞(夕刊)  昭和60年9月18日

■心を豊かにする良質な作品
良質な作品に出あった時の喜びはひとしおである。心が豊かになった気分で劇場を出てこられる。ニール・サイモンの新作だ。(略)注目すべきは、これまでの都会派コメディーとはちょっと肌触りが違う点だ。
貧しい一家の家庭生活、人物設定などは、どこかアーサー・ミラーやテネシー・ウィリアムズをほうふつさせる。が、涙のほかに笑いがあり、数多くの衝突を重ねながらも最後は力強く明るくあすに向かって生きていくところはサイモンらしい幕切れだ。
ニューヨーク、ブルックリンのブライトン・ビーチに住むユダヤ人一家の姿がつづられる。サイモンの少年時代を描く自伝的色あいの濃い作品。ある種、作家が成熟の年齢に達したことを思わせる青春回顧劇だ。
手垢(あか)のついていない好感の持てる演技を見せる兄弟役の天宮良、松田洋治、いとこ役の毬谷友子ら若手陣。これを支える夫婦役の河内桃子、伊藤孝雄、それに妻の妹役の樫山文枝。なかなかいい布陣だ。
人間個々のデリケートさ、その心理のヒダを描き分けるサイモンの描写力は並の力ではない。青井陽治訳・演出。(略)(木村 隆)
スポニチ  昭和60年9月26日
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◆Staff
作 ニール・サイモン
訳・演出 青井陽治
美術 朝倉 摂
照明 吉井澄雄
音響 高橋 巌
衣裳 宇野善子
舞台監督 元木たけし
演出助手 助川たかね
制作 山田潤一・橋付貴志子

◆Cast
天宮良
松田洋治

伊藤孝雄

毬谷友子
久保里美

河内桃子

樫山文枝
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