「正直、まさか20年も続くとも思っておりませんでした」と話す志の輔師匠とパルコ劇場との出会いは、18歳のときだったという。大学進学で富山から上京し、初めて自分でチケットを買って観た芝居が、西武劇場(パルコ劇場の前身)で上演していた安部公房スタジオの『友達』(1974年、作・演出/安部公房、出演/仲代達矢、山口果林ほか)。
「これが人生で初めて観た生の演劇。ものすごく感動して興奮して、こういうものを毎日のようにいたるところでやっている大都会・東京というものを、一瞬にして感じた記憶があります」
しかも、当時はまだ大学の落語研究会にも入っていなかったというのに、舞台を観ながら「あ、俺は何かの形でこの舞台に出るな」と思ったのだとか。
「お前そんな都合のいいこと言うなよと思われるかもしれませんが、本当なんです。ですから初めてパルコ劇場のステージに座布団を敷いて落語をやったときには、“やっぱり出たんだ、ここに”という人生の感慨がありました。そういう不思議な縁のある劇場なのです」
その最初の「志の輔らくご in PARCO」が96年。当時は3日間の公演だったが、徐々に日が増えて、9年目には2週間公演に。それが正月の1ヵ月公演として続くことになった陰には、ふたつのきっかけがあったという。ひとつは、9年目の暮れに、当時パルコの劇場プロデューサーだった人物と米国ブロードウェイにミュージカルを観に行った際に“1月に1ヶ月やってみない?”と言われたこと。もうひとつは、10周年を記念した1ヵ月公演で、3本の落語を4週にわたって計12本口演した際に、笑福亭鶴瓶師匠が観に来て電話をくれたことだ。
「もうヘトヘトです。今年限りにしますと言う私に、“何言うてんねん。1か月で1万人やろ?ジャニーズなんて、1晩で3万も5万も人集めるんやで。体が続く限りずーっとやらな”と。ええーっ!?と思いながらも、そのひと言で2年目の1ヵ月公演を迎えることになりまして、気付いたらスタッフ皆が力を貸してくれて、なんとか1ヵ月公演11年目を今年迎え、通算20年続けることができました。」
もちろん11年の間、力を貸してくれた長唄の皆さんや、毎年ロビーを正月らしく華やかに飾ってくれたスタッフへの感謝の言葉も忘れない。「ほかの場所で落語をやるときは、自分ひとりの舞台を務めることで精一杯でしたけれども、パルコ劇場でやると“落語って総合芸術なんだな”と感じる」という。
そんな中、忘れられないのは、師匠・談志が客席で最後まで口演を観てくれたこと。「2008年の1月15日です。20年の中でも、個人的には最高の瞬間でした」。とっくに帰ったものと思い、カーテンコールで観客に「実は今日、師匠が来ていたんですよ」としゃべったところ、奥のほうから「いるよ!」という師匠・談志の声がして、舞台まで来てくれたのだそう。
「“こんなふうにやってりゃ、そりゃお客さんも来るわな”と言いながら、最後に三本締めをしてくれたのが何よりの思い出ですね。“他人の落語を初めから最後まで聴いたのは、こいつが初めて”という師匠の言葉が、私にとって最高の言葉でした」
20年の間に、観客も如実に変化した。なにせ「どこかで見たことがある志の輔という芸人は落語をやるんだね」というところからスタートし、いまや全公演のチケットがあっという間に売り切れる超人気公演なのだから。
「落語を楽しむことをわかった1万人の前でしゃべるのは、こんなに幸せなことかと思うぐらい、ここ5年くらいは本当に楽しませてもらいました。私がここを楽しんでくださいというところを見事に楽しんでくれて、一体になれるなんて」
こんな観客に、20周年にしてひと区切りとなった今年披露したのは、“いつ決まったんだよ?”がキーワードの新作『大黒柱』と、長唄の魅力を伝えられるパルコ劇場でぜひやりたいと、歌舞伎や文楽の『狐忠信』に着想を得ている古典落語を3年かけてつくり直した『新版・猫忠』、そして伊能忠敬をテーマに創作し、2011年に初演された傑作『大河への道』の3席。例年にも増して熱のこもった口演に、場内は大いに沸き、またときにシーンと聞き入った。
「『大河への道』は、ぜひ最後にやりたいと思っていました。話のポイントも少しブラッシュアップできましたし、落語が終わった後に流す映像が最も様になるのは、何といってもこの劇場ですから。4年がかりでつくった、落語でも講談でも、ましてや朗読でも偉人伝でもない、不思議な作品です。こういう作品を創ることができたのは、パルコという実に幅広い作品を上演してきた劇場、なおかつ、中身も仕掛けも含めて、落語をプロデュースしてくれた劇場だからこそ。“パルコじゃないと聞けない”落語を、これだけ創り出す空間に出会えたことが、私にとっていちばん幸せなことでしたね。パルコ劇場の神様が気に入ってくれたかどうかはわからないけれども、スタッフの神様もロビーの神様も、聞いてくださるお客さんの神様も一堂に会してくれたとてもよい舞台でした」
3年後の楽しみは、この素晴らしい劇場の気がいったんリセットされ、また力を増していくところを、ゼロから見ていけることだという志の輔師匠。
「人生最後のブロックに、そういう幸せが残っているのは嬉しいですね。まあ、そう思わないとしょうがないというのもありますが(笑)」。
それまでの間、1月をどう過ごすのか?との問いには「今まで東京まで来てくださっていた方たちへの恩返しの一つの形として、私のほうから5~6大都市に出向いて、初笑いを届けていければと思っているところです」と答えつつ、「でも正直、今のところ予定も決まってないので、寂しいといえば寂しいですね。弟子には止めろと言ってありますが、来年もここに来るんじゃないかなあ」と笑う。
「自分でも楽しみなのは、ひと区切りして考える時間をもらい、また新しいパルコ劇場を見たときに、“だったら、こういうプログラム(落語)にしよう”と今までとは違うものが生まれるかもしれないという部分ですね。さすがに一人で三時間しゃべるのは体力的に辛いので、落語の中身も考えていかないとと思っていたところなので。劇場再開の暁には、新生パルコ劇場での“新しい志の輔らくご”を、楽しみに待っていていただきたいなと思います」
取材・文/岡﨑 香
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.1
1996年11月22日(金)~11月24日(日)
PARCO劇場
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.2
1997年12月3日(水)~12月6日(土)
PARCO劇場
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.3
1998年10月8日(木)~10月11日(日)
PARCO劇場
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.4
1999年11月22日(月)~11月25日(木)
PARCO劇場
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.5
2000年11月22日(水)~11月26日(日)
PARCO劇場
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.6
2001年12月11日(火)~12月16日(日)
PARCO劇場
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.7
2002年12月3日(火)~12月9日(月)
PARCO劇場
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.8
2003年12月5日(金)~12月14日(日)
PARCO劇場
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.9
2004年11月25日(木)~11月30日(火)
2004年12月7日(火)~12月12日(日)
PARCO劇場
志の輔らくご
新古典の世界 Vol.10
2006年1月3日(火)~1月26日(木)
PARCO劇場
志の輔らくご by PARCO
Tour 2006
2006年8月31日(木)~9月5日(火)
浜松・名古屋・大阪
志の輔らくご in PARCO 2007
2007年1月3日(水)~1月28日(日)
PARCO劇場
志の輔らくご in PARCO 2008
2008年1月3日(木)~27日(日)
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志の輔らくご in PARCO 2009
2009年1月5日(月)~1月27日(火)
PARCO劇場
志の輔らくご in PARCO 2010
2010年1月5日(火)~1月31日(日)
PARCO劇場
志の輔らくご
ビギン・ザ・ビギン
2010年7月1日(木)~2010年7月6日(火)
ル テアトル銀座 by PARCO
志の輔らくご in PARCO 2011
2011年1月5日(水)~2011年2月1日(火)
PARCO劇場
志の輔らくご リバイバル
2011年7月1日(金)~2011年7月5日(火)
ル テアトル銀座 by PARCO
志の輔らくご in PARCO 2012
2012年1月5日(木)~2012年2月5日(日)
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志の輔らくご in PARCO 2013
2013年1月5日(土)~2013年2月2日(土)
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志の輔らくご in PARCO 2014
2014年1月5日(日)~2014年2月2日(日)
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志の輔らくご in PARCO 2015
2015年1月5日(月)~2015年2月2日(月)
ル テアトル銀座 by PARCO
志の輔らくご in PARCO 2016
2016年1月5日(火)〜2016年2月2日(火)
PARCO劇場
志の輔らくご in PARCO
2006-2012 [ブルーレイBOX]
33,942円(税抜)
志の輔らくご in PARCO
2006-2012 [DVD BOX]
25,713円(税抜)
志の輔らくご in PARCO 2006-2012 単品DVD①〜⑩ 各2,570円(税抜)
①ガラガラ
②狂言長屋
③身代わりポン太/タイム
④踊るファックス
⑤ディアファミリー
⑥七福神/だくだく
⑦メルシーひな祭り
⑧新版・しじみ売り
⑨忠臣ぐらっ
⑩歓喜の歌