ただいまパルコ劇場にて上演中の「彼女の言うことには。」
東京公演もいよいよ残すところあと5日!!そこで急遽、北川悦吏子さんが自ら、舞台を裏側から支えるスタッフさんたちと対談を決行!!
じっくりとお話を伺ってくださいました。
元々は北川悦吏子さんのブログ用に作成された原稿を、特別にパルコ劇場公式ブログにも掲載!じっくりとお楽しみください☆
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『彼女の言うことには。』北川悦吏子×スタッフ対談vol.1
「舞台美術家の言うことには。」
『彼女の言うことには。』の世界観はどうやって作られているのか?
それを探るべく、バックステージで作品作りにかかわるスタッフと北川悦吏子さんによる対談を敢行! 第一回目は舞台上のセットを担当する舞台美術家、松井るみさんとの対談をお届けします。
松井るみ MATSUI RUMI
劇団四季を経てロンドンへ留学。帰国後に舞台美術家としての活動を開始。2004年、『Pacific Overtures』(宮本亜門演出)にてブロードウェイデビュー。05年、同作品デザインで第59回トニー賞Best Scenic Design of a Musicalにノミネート。07年にはOISTATより〝世界で最も名誉ある舞台デザイナー12人〟に選出。『TEA : A Mirror of Soul』(宮本亜門演出)では、サンタフェ・オペラにてオペラ界においてもアメリカ進出を果たす。紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞最優秀スタッフ賞、伊藤熹朔賞他、受賞多数。主な作品に『春琴』(サイモン・マクバーニー演出)、『雨』(栗山民也演出)、『トップ・ガールズ』(鈴木裕美演出)、『GOLD』(白井 晃演出)他多数。
機内をイメージしたセットができるまで
北川 るみさんは、舞台のセットが専門なんですよね。
松井 そうですね。ほぼ舞台で育ってきて…。
北川 私が知っている美術というと、映画やドラマになるんですけど、そことは棲み分けがあるんですか?
松井 ありますね。この間、三谷幸喜さんの『ペッジ・バードン』で、映画美術の種田陽平さんが舞台美術をやられたり、多少はそういうことがあるんですけど。あと舞台だと、美術も客席側からしか見えないというところも、ちょっと特殊ですよね。
北川 そうだよね。映画だとカメラも寄るからね。微に入り細に入り…。建築家とも違うし、建築家とインテリアデザイナーの中間くらいの感じですか?
松井 そうそう。前から見せるという視線の受け方が決まっているので、あとはその裏側をどう嘘をつくのかが勝負どころになります。そこは映像作品とは、テクニックの使い方が違うというか。
北川 小道具とかの担当は、また別の人なんですか?
松井 そうですね。いろいろな場合がありますけど、今回の飛行機の座席は私が担当しています。
北川 あの座席はどこから持ってきたんですか? 本物ですか?
松井 いえいえ、作ったんですよ(笑)。
北川 だってあれ、ビジネスともエコノミーにも見えないもんね?
松井 プレミアムエコノミーの路線のイメージですね。あのシートの上の部分は座椅子でできているんです。
北川 んー!?(笑)。
松井 お家でお父さんがテレビを観るときに座っているような座椅子を買ってきて。それをベースに組み込んだんです。だからリクライニングしてなおかつ軽い。本物の座席も軽いんですけど、それでも実物だとあんなふうに動かして、操作できないんですよ。
北川 そうだよね。わりと軽やかにやっているもんね。あれは座椅子なんだ。わかんなかった!(笑)。そういうのって、どこで作るの?
松井 大道具の会社があって、そこの大工さんに作ってもらってます。
北川 じゃあ実際の座席を見て、「こういう感じかな」って作ったんですか?
松井 そうですね。最初は緑山スタジオに実物の座席があって、それを借りようかという話もあったんだけど結局、使える数が折り合わなくて。ただ、そこに行ったときには実物をビデオに収めて大きさも計って。そのあと私がちょうどロンドンに行ったので、そのときに実際の座席の作りを調べたり、大きさを計ったりしました。
北川 キャビンアテンダントに「もしもし?」とか言われなかった?
松井 そのあたりはちゃんとタイミングを見るから(笑)。
北川 でもね、私、最初に、ただ、紙にえんぴつで描いただけ、みたいなセットの図面を見たときにめっちゃ怖くて。めちゃくちゃダサくなるんじゃないかって…。
松井 ええっ! ドキッ!(笑)。
北川 だって輪切りにした飛行機のイメージだったから。普通の飛行機をイメージしていたから、すごく心配だった。あんなにスタイリッシュにかっこよくなるとは思わなくて。あの図面も書かれているんですか?
松井 最初に絵を描いて、そこから図面に落として。まあ、絵を描くときに最初から3Dで描いていたりしますね。
北川 舞台の難しいところって嘘のつき加減だよね。だから是枝のせりふじゃないけど「やってみんとわからん」という感じがすごくすると思って。
松井 舞台の上に乗ってみてわかることってありますよね。稽古場でやっていても、劇場に入って照明とかも入れてやってみると、違うところが出てくるから、その場で修正していかないといけない。
北川 だから舞台のスタッフって、具体的なところで頭を使うんですね。輪切りになってる飛行機も、実際に舞台で観たらすごく素敵だったんですけど、ああいうのってどうやって考えるんですか?
松井 台本では、夏来と是枝が二人でずっと会話しているじゃないですか。舞台人が読むと、すべてはそこから始まると思っちゃうんですね。だから飛行機全体じゃなく、二つの座席が最初から最後まで主人公、みたいな。そう思うとその二席はセンターに置かないといけない。ただ、劇場に座席が二つだけだと場面がもたないじゃないですか?
北川 うん。
松井 飛行機をサジェッションする要素もほしいと思ったし、あと出演者は5人、アンサンブルを含めても10人しかいないわけです。本当の飛行機だと30人くらいいないといけないんだけど(笑)。だからCTスキャンのように、飛行機を輪切りにした感じがいいんじゃないかなって。
北川 なるほど。セットの色も直観ですか?
松井 そう、最初はメタリックでもうちょっとダークな感じでしたけど、永山さんから「かわいい色がいいな」というリクエストがあって、今の感じになりました。
北川 じゃあもともと、リアルな飛行機の内装は全然考えてらっしゃらなかった?
松井 考えてないですね。
北川 そっか。そこは本当にセンスだよね。劇中でセットが動いたりしますけど、あれも永山さんの指示?
松井 そうですね。あとは「永山さんがおっしゃってるのはこういうことですよね?」とこちらから提案した部分もあります。最初から二人が正面を向いていてもよかったんですけど、飛行機のイメージがインプットされないじゃないですか。横向きにすると、これは飛行機だと観客にもわかるから。
北川 そうなんだ。私、舞台での分業制がちょっとわからないんだけど、そこでステージングの小野寺(修二)さんはなにをやるの?
松井 「舞台をこう転換していきましょう」というのが見えたところで、小野寺さんが登場して、実際にどう動けばいいかフォーメーションを考えてくれるんです。
北川 じゃあ基本的にはそうやって、みんなのアイディアで作っていくの?
松井 アイディアのキャッチボールができるところが、舞台作品の強みだと思うので。基本的には永山さんの演出家としての意向があって、それに合わせて「こういうのはどうですか?」とみんなで提案していく感じですね。
舞台美術家・松井るみの足跡を聞く
北川 ちょっと『13歳のハローワーク』的なことが聞きたいんですけど。どういう風にしてこういう職業に就くものなんですか?
松井 私の場合はずっと舞台が好きで、学生時代から文化祭とかが大好きだったんです。小学校の学芸会でも、模造紙に階段の絵を書いてシンデレラとかやってた(笑)。
北川 三つ子の魂百まで、だね(笑)。
松井 それで美術大学に進学して。
北川 じゃあ絵が描けるんですか?
松井 舞台美術をやっている人は、みんな描けますね。いろんな人が最近増えているから、そうじゃない人がいるかもしれないけど。美大生の頃に早稲田や慶応の演劇サークルで美術をやらせてもらったのが始まりで。ちょうど鴻上(尚史)さんと白井(晃)さんが卒業した直後ぐらいの頃です。
北川 それで卒業してフリーに?
松井 いや、結構アンダーグラウンド系でやっていて、暗黒舞踏とかもやっていたんですけど、卒業後は「裏切り者」と言われながら、劇団四季に…(笑)。
北川 わかりやすい裏切り者だ(笑)。でも、だから華やかなものを作れるのかな?
松井 それもあるかも。大学時代のアングラのままだと、ちょっと違ったかもしれない。
北川 劇団四季だと製作費も違うんですか?
松井 当時は「好きなだけ使っていいぞ!」時代だったんで。私は『キャッツ』の上演が始まった翌年くらいに入って、青山劇場のこけら落としの『ドリーミング』(85年)では、「いくら使ってもいいぞ、お前たち!」みたいな…(笑)。今だとありえないですけどね。
北川 へええ! 今はそういうのはないの?
松井 ないと思いますよ。それで劇団四季でいろいろなミュージカルを…、『オペラ座の怪人』をやっていたので、世界中のミュージカルの画をみたり、図面を描いたりするんですね。そうしているうちに「日本にいる場合じゃない!」と思って、1年間だけですけど、ロンドンで舞台デザインの勉強をして現在に至る、みたいな。
北川 かっこいいね!
松井 今だとインターネットでなんでも見られるじゃないですか。あの頃はそうやって現地に行かないと見られなかったから。行ってみたら観たことのない芝居、観たことのないミュージカルやオペラばかりだった。
北川 それは美術も違うの?
松井 違いますね、豪華だし技術的にも全然上だし。
北川 私もこないだバリに行って思いましたけど、美術だけじゃなく街が違うよね。だってマクドナルドがモスグリーンなんだよ。赤だと景観を損なうからって。そういう感覚の街に暮らしていたら、いろいろ違ってくるだろうね。
松井 あとは照明とかも違いますしね。感性がやっぱり豊かになるというか。
北川 パリには映画の撮影で行ったんですけど、どこで撮ってもステキで、「ロケハンしなくても、どこ撮ってもOKでしょ」って(笑)。
松井 (笑)。映画はいつ封切りになるんですか?
北川 10月です。これから編集したりするんですけど、こんなに私、舞台にかかりきりになるとは思ってなくて(笑)。でも手がかかる子ほど…。
松井 かわいいよね(笑)。
北川 やっぱりかわいくなっちゃうよね、これだけ手をかけていると。魔法だよね、これって。ドラマのときは別に私が出ていかなくても、どうにかなっていくんですよ。でも、舞台はそうはいかないのをひしひしと感じる…(笑)。あと舞台は公演期間中、ずっとやっているのがかわいいよね。ずっと生身の役者さんがやっているんですよ? ドラマや映画は一回きりで、撮ったら終わりだけど。
松井 そこは大きな違いですよね。
北川 絶対違うと思います。公演中の舞台のことを考えると「大丈夫かしら」と気持ちがぞわぞわしてしまう。だから公演が終ったときがすごく怖い。だってさ、DVDにも残らないんだよ? そして二度と同じようには再現不可能でしょう? だから知人へのご案内には、そのことも書きましたね。「自分の一部が消えていってしまうような気がするから、DVDに残す代わりにあなたが観て、心の片隅にある本棚に入れてください」って。
松井 そんな素敵な言葉を読んだら、観ないわけにはいきませんね(笑)。
舞台作品にかかわって、気づいたこと
松井 北川さんは何回かこの舞台を観ているうちに、変えたくなってきたところとかはありました?
北川 初日はとにかく感動してしまって、それどころじゃなかったんですけど、何度か観ているうちに欲が出てきた部分はあります。でも作家であって、演出家じゃないからね。そこはちょっと遠慮していて。
松井 でもサイモン・マクバーニーの『春琴』とかだと、毎日台本が変わるんですよ。シーン1とシーン5が入れ替わったり。役者のポジションも全然変わるし、変わることで緊張感を持続させるんです。周りのことはまったく考えずに、「こうなったほうがいいと思ったら変えるのが演劇だ!」みたいな。だから変えちゃってもいいんじゃないですか? …といったらプロデューサーに怒られちゃうか(笑)。
北川 (笑)。やっぱり立場が作家だからね。でも私が舞台の演出をするとしたら、変えるだろうね。毎日毎日、ちょっとせりふを変えようか、とか。
松井 口立てですね。
北川 でも私、全然芝居ができないんですよ。
松井 いやいや、こういうせりふを言ってと伝えれば大丈夫(笑)。
北川 でも映画の監督さんって、自分で芝居ができる人が多いんですよ。「こうやってせりふを言って」って。自分でお芝居して見せる。私、それだけのために役者をやりたいと思ったもん。一回でいいから。役者の生理が知りたいと思ったんだよね。
松井 でも、俳優も向いてそうじゃないですか。
北川 一回本当にね、ワークショップに行こうかなと思って。鴻上さんの(笑)。
松井 いいかもしれないですね。
北川 鴻上さん、やさしそうだし。
松井 え、そうですか?(笑)。あと私はゲネプロのときに客席にすごく感動している人がいて「あれは誰なんだろう?」と思っていたのが北川さんだった(笑)。
北川 小野寺さんにも言われたよ、「こんな人いない」って(笑)。「自分で本を書いておいて、こんな感動してるなんて」って。とにかくすごく怖かったんですよ。ずっと飛行機の中で、二人が座席に座ってしゃべっているという本(脚本)を書いたんですけど、それが成立するかどうかというプレッシャーがすごくあったし。だから実際に舞台になったものを観て、こういうふうに表現をするんだということに感動した。
松井 舞台だからもっと表現が不自由なんじゃないか、という感じでした?
北川 ああいう手があるとは知らなかったから、ものすごく怖かった。あと飛行機で隣合って、パリから成田につくだけ、の話なんて、「最初から冒険しないほうがいいんじゃない?」と永山さんから言われてたし。
松井 そんなことないでしょう(笑)。
北川 でも最初で最後かもしれないから、やっぱりやりたいことをやってもいいかなって。悩んだ時間が長かった分、最初に舞台になったのを観たときはうれしかった。「こういう手があったのか!」って。
松井 でも、舞台の人間としては「こんな無理難題、どうするんだ」という台本のほうが面白い部分もありますよ。
北川 絶対そうだよね。普通に展開していく話より。
松井 舞台の台本の書き方というか、流れってあるじゃないですか。でもそうじゃない「こんな無理難題、シーンもむちゃくちゃ飛んでどうするの?」みたいな部分のある台本も演劇的に表現することはできるから。そこは演劇的に〝飛んで〟しまえばいいと思うし。
北川 でもそれが具体的にどうなるのか、観せられてなかったから最初は怖かったよね。るみさんは、舞台をやっていて一番幸せなときって、いつですか?
松井 やっぱり、初日が開いたときですね。
北川 そうなんだ。でも確かにそうやって区切りがあるのがいいのかもしれないね。
松井 初日のあとには終わりもありますしね。
北川 終って消えちゃうものね、舞台って。あと私は初めて舞台の台本を書いたんですけど、初めての舞台作品がパルコ劇場ってすごいことなんだなって。
松井 小劇場の世界だと最初からパルコ劇場で、というわけにはいかないですよね。
北川 その辺りのことがよくわかっていなかったんだけど、そういう意味ではすごく恵まれてました。
松井 この作品の雰囲気も、本当にパルコ劇場にぴったりだし。
北川 そうだよね。だからここが舞台作品すごろくのスタートだと思っていたんですけど、今は気づいたら、もうゴールにコマが置かれていたような感じが(笑)。初めての舞台作品がパルコ劇場でよかったって思います。
(左:松井るみ 右:北川悦吏子)
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