2024年3月8日(金)より東京芸術劇場 プレイハウスで上演中で、2024年4月、新潟・愛知・大阪・福岡・長野と巡演する
「リア王」。5月11日(土)より東京・PARCO劇場で開幕する
「ハムレットQ1」。
ともに翻訳を務めるのは、全37戯曲個人訳による『シェイクスピア全集』を2021年に完結させた
松岡和子さんです。
シェイクスピア作品と聞くと難しそうに感じたり、あまりなじみがない方でも存分に楽しめるように、シェイクスピアの人物像や面白いエピソードをお聞きしました!
(撮影:細野晋司)
> マイ・ファースト・シェイクスピア〜後編〜 はこちら!
シェイクスピアってどんな人?
~シェイクスピアを日本の歴史で置き換えると?~
当時の劇作家のことはほとんどよく分かっておらず、シェイクスピア自身のこともよく分かっていないと言われているのですが、同時代の文筆家などに比べるとよく分かっている方なんです。生まれた年と亡くなった年も「人殺し(1564年)、色々(1616年)」といった語呂合わせで覚えられているくらいですし。例えば『ハムレット』が書かれたのは関ケ原の合戦の年で、亡くなった年は徳川家康の没年と同じだということ考えると、日本の歴史で江戸時代の初めの頃に、こんなに今に通じる話をたくさん書いてるということに、みなさんびっくりされるんじゃないかなと思います。
現在上演中の『リア王』は、ショーン・ホームズさんの演出がいわゆる時代物という感じではなくて、衣装も装置も現代の社会にあるものを使ってらっしゃるので、台詞はシェイクスピアの書いた戯曲の翻訳そのままですが、中身は今の私達に通ずるような、今の親子関係、今の高齢者問題、今の財産分与の問題というのが全部含まれています。そこがやっぱりシェイクスピアの面白さだなと思います。初めての通し稽古の後、ショーンさんと「(シェイクスピアは)何て芝居を書いたのだろう!」と二人で感嘆のため息をついていました(笑)
シェイクスピアの逸話①
“Gentle Shakespeare” (心優しい シェイクスピア)
シェイクスピアは、18歳の時に8歳年上の女性と結婚後、すぐ女の子が生まれ、その後男女の双子が生まれて、3人の子持ちになりました。その後、家族を置いてロンドンに出て、何をやっていたか分からない時代が数年あって、1590年代初頭にいきなり劇作家として名前が出始めるんです。1623年にシェイクスピアが亡くなった後に全集が出たのですが、その全集の中に読者にあてた文章があります。シェイクスピアより少し若い同時代の人気劇作家のベン・ジョンソンが書いたものですが、シェイクスピアのことを”Gentle Shakespeare(心優しい シェイクスピア)”という表現をしています。ベン・ジョンソンは風刺の戯曲を多く書いた人なので、そんな辛口な人が”Gentle”という言葉を使ってシェイクスピアを表現した。シェイクスピア没後の全集なので、誇張した表現ではあるかもしれないのですが、根拠のないところに”心優しい”という表現はできないので、やはりそういう“心優しい”資質を持った人だったんじゃないかなと思います。
シェイクスピアの逸話②
抜け駆けしたシェイクスピア
これも伝説というか、誰かの作り話かもしれない逸話なのですが……リチャード・バーベッジという、シェイクスピアの劇団の看板俳優で、シェイクスピアは彼のために『ハムレット』や『リア王』、『テンペスト』を書いたし、シェイクスピアの書いた作品の主役は全部彼がやってきたと言われている人物がいた。ある女性がリチャード・バーベッジに、芝居が終わったら会いましょうというお誘いをしたそうで。リチャード・バーベッジが約束の場所に行ってみたら、ウィリアム・シェイクスピアが先に着いていて、その女性と仲良くやっていたそうなんです。リチャード・バーベッジが怒ったら、ウィリアム・シェイクスピアは、「William the Conquerorが先だ」と言ったそう。これは、征服王ウィリアムという王がいるのですが、イングランドの王様としては、征服王ウィリアムの方がリチャード王(リチャード1世)よりも時代が先だから、「私が先にここに来たんだよ」という言い訳を言ったとか言わないとか……本当か嘘かは分からないけど、そんな逸話が残っていることは確かです。多めに割引いて考えても、当時シェイクスピアの劇団にファンがいたということや、役者さんとそのファンとのお付き合いがあったということは想像できるのではないでしょうか。それから、そういった冗談を言ったというのも、私はとてもシェイクスピアらしいなと思います。彼らが生きた時代の雰囲気は伝わってくるのではないでしょうか。
シェイクスピアの逸話③
シェイクスピア別人説に反論する状況証拠は戯曲の中にある!?~ロミオとジュリエットのあの小道具~
人物としては逸話も残っているのですが、”シェイクスピア自身が(直筆で)書いた原稿”というのが全く残ってないんです。当時は原稿も羽根ペンでインクを付けて書いていたわけですが、残っているのは遺書や土地の契約書など、文学的ではないものしか残っていないんです。だからシェイクスピアの別人説が出てきてしまうわけなんですが……私はシェイクスピア別人説について詳しい研究はしていなくて、戯曲を読むことを専門にしているんですが、戯曲を読むだけの立場からでもシェイクスピア別人説には反対です。
ウィリアム・シェイクスピアはストラトフォード・アポン・エイヴォンで革手袋を作ってたお父さんの息子として生まれ、ロンドンに出てきて、お芝居の世界に入ったっていうのが、戯曲の中だけからでも証明できるというか、状況証拠は戯曲の中にあると思っています。
例えば、『ロミオとジュリエット』で42時間仮死状態になる薬をジュリエットが飲むシーンがありますよね。その戯曲の下敷きには『ロミウスとジュリエットの悲劇の物語』というイタリアの長々としたお説教臭い話があります。それをアーサー・ブルックというイギリス人が翻訳して英語になってるので、現代の私たちも読めるのですが、その下敷きと『ロミオとジュリエット』を読み比べると、シェイクスピアがいかに戯曲を作り上げていったのかが一つ一つわかるように思います。小さい瓶に入った水薬を飲むという話のもとは、”粉薬”なんです。元の物語では、ロレンス神父にあたる人物がジュリエットにあたる人物に粉薬を渡して、飲む前に水によく溶かして飲みなさいと言って渡す。シェイクスピアはそこを戯曲にする際、小瓶に入った水薬に変えたんです。私はこの変更は、劇場人じゃなくては思い付かないことだと思いますね。というのは、元ネタのままだと小道具が大変でしょう(笑)まず粉薬でお水をってその通りに戯曲にしたら、「お墓の中でたった一人になったところで、亡霊が出てきたらどうしよう」と不安になっている中、「あなたのために飲むわ」と言ってキュッと一気に飲むわけですよ。これが「あなたのために飲むわ」と言って、粉薬をお水で混ぜてなんてやっていたらもう喜劇にしかなりませんよね(笑)しかも小瓶なんですね。ボトルじゃなく小瓶に入った水薬に変えるっていうことは劇としての緊張感も生まれますし、舞台に出ていく時も、ジュリエット役が小さな瓶を持って出て行くだけで済むし、飲んだ後で俳優は小瓶を隠せるし。ですから、小道具さんの負担もものすごく減るわけですよ。そういう点をとっても、シェイクスピアがいかに劇場人だったかっていうことの状況証拠だと言えるんじゃないかなと思います。
シェイクスピアの逸話④
シェイクスピア別人説に反論する状況証拠!?~その2~~主演俳優をきっちり休ませる~
シェイクスピアは、当時としても特殊で、座付き作家である以外にも、おそらく演出みたいなこともやり、彼自身も舞台に立っていたんです。つまり、書斎にこもって戯曲を書いたのではなく、現場を知っていて書いているんですね。
実は、今回の『リア王』でもリアが最後に「咆えろ、咆えろ、咆えろ! 」って出てくるまで、数場面、しっかりと休めるんです。シェイクスピアが書いた通りにやるとすれば、リアは、亡骸となったコーディリアを抱きかかえて、「咆えろ、咆えろ、咆えろ! 」って出てくるわけですね。すごい労力を使う場面だから、その前に、それをやるために休める。シェイクスピアはそういうふうに書いているんです。『リア王』だけではなくて、『ハムレット』では最後にフェンシングの試合するのですが、その前にオフィーリアが狂う場面があり、出番までハムレット役の俳優はしっかり楽屋で休めるんです。
全部、そういう風に書いていて、『マクベス』も『オセロー』もそうなんです。それは劇場人じゃないとできない発想ですよね。どんどんやっちゃうと、それこそリチャード・バーベッジに「やってらんないよ!もっと休ませてよ!」みたいな文句が出たのかもしれない。そこまで想像すると楽しいですよね。
ロナルド・ハーウッド 作の『ドレッサー』という戯曲があるんですが、初演が三國連太郎さんが劇団の座長役をやって、加藤健一さんがその座長の付き人役(ドレッサー)をやったんです。その中に『リア王』が劇中劇として出てくるんです。荒野の嵐の場のあと、”リア王”を演じる座長に対して、その付き人役が「次の出まではたっぷり休めますよ」って言うので、「あ、そうなんだ!」と思って、確認してみたら、実際に休めるように書かれてるんです。小屋から担架で運ばれて退場する3幕6場から狂った姿で登場するドーヴァー海岸の場(4幕6場)まで、およそ500行分休めるのです。
これは本当に書斎でプロットだけを重視して書くような人だったら思いつきませんよね。役者のことを理解していて、大変な場面が最後の場面だとしたら、その前は楽屋で十分、ちょっと一眠りもできるくらいに書いてあげるという。今回の『リア王』でも段田さんにはしっかり休んでいただきたいですね。
<松岡和子 プロフィール>
旧満州新京(長春)生まれ。翻訳家。演劇評論家。シェイクスピア全37戯曲を個人で完訳した『シェイクスピア全集』全33巻(ちくま文庫)を刊行。その功積により、第75回毎日出版文化賞[企画部門]、第69回菊池寛賞、第58回日本翻訳文化賞、2021年度朝日賞、第14回小田島雄志・翻訳戯曲賞 特別賞、第19回坪内逍遥大賞を受賞。主な著書に『深読みシェイクスピア』(新潮文庫)、『すべての季節のシェイクスピア』(ちくま文庫)、共者に『決定版 快読シェイクスピア』(新潮文庫)など。
舞台『リア王』東京公演は2024年3月31日(日)まで池袋・東京芸術劇場 プレイハウス にて絶賛上演中!
>詳細はこちら
【公演情報】
PARCO PRODUCE 2024
『リア王』
作:ウィリアム・シェイクスピア 翻訳:松岡和子 演出:ショーン・ホームズ 美術・衣裳:ポール・ウィルス
出演:段田安則 小池徹平 上白石萌歌 江口のりこ 田畑智子 玉置玲央 入野自由 前原滉 盛隆二 平田敦子 / 秋元龍太朗 中上サツキ 王下貴司 岩崎MARK雄大 渡邊絵理 / 高橋克実 浅野和之
東京公演:2024年3月8日(金)~31日(日) 東京芸術劇場 プレイハウス
新潟公演:2024年4月6日(土)~7日(日) りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
愛知公演:2024年4月13日(土)~14日(日) 刈谷市総合文化センターアイリス 大ホール
大阪公演:2024年4月18日(木)~21日(日) SkyシアターMBS
福岡公演:2024年4月25日(木)~26日(金) キャナルシティ劇場
長野公演:2024年5月2日(木) まつもと市民芸術館 主ホール
舞台『ハムレットQ1』東京公演は2024年5月11日(土)より渋谷・PARCO劇場 にて開幕!
>詳細はこちら
【公演情報】
PARCO PRODUCE 2024
『ハムレットQ1』
作:ウィリアム・シェイクスピア 訳:松岡和子 演出:森新太郎
出演:吉田 羊 飯豊まりえ 牧島 輝 大鶴佐助 広岡由里子
佐藤 誓 駒木根隆介 永島敬三
青山達三 佐川和正 鈴木崇乃 高間智子 友部柚里 西岡未央 西本竜樹
吉田栄作
東京公演:2024年5月11日(土)~6月2日(日) PARCO劇場
大阪公演:2024年6月8日(土)~9日(日) 森ノ宮ピロティホール
愛知公演:2024年6月15日(土)~16日(日) 東海市芸術劇場 大ホール
福岡公演:2024年6月22日(土)~23日(日) 久留米シティプラザ ザ・グランドホール